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私が短大1年の時、学校の募集したホームスティに参加して



オーストラリア大陸の西部に位置するパースという都市にある



普通の家庭にお世話になった時の話です。




当時の私は将来通訳か旅行会社に就職を希望していたので、



頑張って短大の英文科に入学し、



夏休みの期間1ヶ月ほど学校の案内するホームスティ先で



生の英語を学ぶ目的でした・・・。




パースの空港に到着すると友達と空港で別れ、



各自各家庭の出迎えを受けるとそれぞれの家庭で歓迎パーティをしてもらいました。




私のホーム先は優しそうな祖父母に国営企業に勤めている50歳のご主人と44歳の奥様、



それに17歳と14歳の可愛い姉妹の6人家族の家庭でした。
初日の歓迎会には近所の人たちや女の子の友達も大勢集まり、



凄く盛大なパーティで温かく迎えてもらい、



フレンドリーな家庭で本当に来てよかったと思っていました。



何日か学校や図書館で勉強し、家庭ではケーキやクッキー作りを習い、食後はゲームをしたり日本の文化やアニメを教えたりと充実した日々を過ごしていたある日・・・。


家のご主人がわざわざ私のために会社を5連休を取って

「車でキャンプしながらエアーズロックに連れて行ってあげる」

と言われ、お父さんとお母さん子供2人の合計5人で大きなキャンピングカーをレンタルして中央オーストラリアに向かったんです・・・。


広大な道を走り続ける爽快感と、夜は野外でバーベキューとか、日本では経験出来ない素晴らしいドライブでした。


そして運命の3日目・・・。


少なくなった食糧を補充するために大きなショッピングセンターに車を停め、私は妹の手を引いて両親についてお店に入ると日本では考えられない広大なお店で迷子になりそうで、店に入ってすぐに食料品のコーナーに皆で入ったんですが・・・。


しばらくすると妹さんがトイレに行きたいと言いだしたので、私は買い物に夢中になっていた両親に伝える事なくトイレに連れて行ったんです・・・。


食料品コーナーに両親がいる事は分かっていましたし、トイレは入り口の近くだったので、見失う事なくすぐに合流出来ると安易な考えだったのが、今では本当に後悔しています。


私は妹の手を繋いでセンターの横にあるトイレに向かい、案内すると入り口で待っていた時です・・・。


その時、男子トイレから2人の男の人が出てくるといきなり英語で

「日本人か?中国人か?」

と聞いてきたんです。


日本なら無視するぐらい怖そうな男の人でしたが、私は安易に笑いながら

「日本人です!」

と答えたんです。


すると男の人がキョロキョロと辺りを見渡して、いきなり1人の男の人が私の首にその大きな腕を巻きつけると、私の目の前にナイフを見せ、

「シー・・・」

と片方の手で口に指を当てて

「騒ぐな」

のポーズをしながら、ナイフと私を周りから隠すように大男2人に挟まれた格好で駐車場に連れて行かれ、そのまま男たちのクルマに乗せられました!

私はもうブルブル震え、涙を流して必死に片言な英語で

「知人が待っているからイヤだ!」

と言いながらドアを開け逃げようと必死に暴れる私に、隣に座っていた男からいきなり力任せに拳で顔を殴られたんです!

生まれて初めて暴力を受け、鼻血が流れてくるともうショックで真っ白になってしまい、このままクルマは駐車場から逃げるように猛スピードで走り出し、対向車や街並みが消え、周りが砂漠地帯になるといきなりトレーナーの上から揉まれたり、髪を乱暴に掴まれキスをされていたんです

「いやっ!」

「やめて!イヤです!」

私は鼻血を流しながらも男から逃げようと手をバタバタさせて抵抗していると、やがてクルマがアスファルト道路から脇道に入り、さらに10分ぐらい走ってやっとクルマが停まりました。


周りは砂漠と林でエンジンを切ると静まりかえっています・・・。


今まで男性経験がない私でも、これから自分がどうなるか分かりました。


殴られ、鼻と口から血が出ている私を引きずり出して砂地に押し倒されると、また顔を平手でバチッ!バチッ!と叩かれました。


そしてそのままキスされながら、トレーナーを力任せに肩から破られるように引き裂かれ、今度はGパンに手を掛けられたんです。


私は自然と手で男の人の腕を掴んだのですが、男たちが何か大声で叫びながら容赦なくお腹や頭を殴られ、一気に脱がされたんです。


私は両手で顔を覆って

「殴らないで・・・」

「もう叩かないで・・・」

「お願い・・・許して!」

と泣きながらお願いしている間に2人がかりで下着も靴も全て引き裂かれるように脱がされました。


全裸にさせられると、男たちは私の前でニヤニヤ笑いながら下半身をハダカになって、私にその巨大なモノを口に入れるように催促したんです。


経験はありませんが・・・何を催促しているかぐらい分かりました。


イヤイヤして逃げていましたが、殴る真似をされるともう怖くなって覚悟を決め、知っている知識で眼をつぶって咥えました・・・。


髪を掴まれて前後に揺さぶられる度に苦しくて、吐き出す度に頬を叩かれ、強引に押さえつけられ、口からヨダレがダラダラ垂れながらも容赦なく咥えさせられていたんです。


その間も、もう1人の男は後ろから私の恥ずかしい部分をゴツゴツした大きな指で乱暴に動かされたり片手で私の胸を触っていました・・・。


やがて大きくなったモノを見せつけながら私を砂地に押し倒すと、もう抵抗出来ずにグッタリして倒れている私に容赦なく頬をビンタしながら覆い被さってきたんです。


こんな形で初体験するんだ・・・と顔を男から背けながら泣いていると脚を大きく広げられ、男が割り込むといきなりグッと押し込まれ、下半身に今まで経験した事がない強烈な痛みを感じて思わず、

「いやぁー!助けてー!」


「痛い!痛いよぅー!誰かー!」

と叫んで男から逃げていました。


でも男は私の首を本気で絞めながらガンガン突き上げ、そして涙で汚れている顔全体をベタベタとキスをするんです。


意識が遠のく感覚に汚い唾液を流し込まれても、もう男のいいなりです。


何度も気絶しそうになると男の突き上げる痛みで現実に戻ります。


やがて男は私の乳首を噛みながら大きな呻き声と同時に激しく突き上げると、私は身体の中に熱く汚い精液を感じたのです・・・。


乳房や顔中キスをして、最後は何度も何度も汚い唾液まで飲まされてやっと男が離れましたが私は足を閉じるのが精一杯だったんです・・・。


周りは林と砂漠に囲まれていて、もう処女を失った私は今さら全裸で逃げても無駄なんだ・・・と諦めていました。


次の男は私を起こすとクルマのボンネットの上に手を突かされ、強引に抱え上げるような格好でいきなり下から押し込まれたんです。


「痛いっ・・・」

「もうやめてください・・・、誰か助けて!」

「痛い・・・痛いからぁぁ~」

私はワンワン泣き出し、精一杯の大声で助けを呼びましたが男たちは笑いながら私の髪を掴み乱暴に突くだけでした・・・。


やがてこの男も私を持ち上げるように汚い精液を中に出すと、小柄な私を玩具みたいに砂地に放り投げるように捨てられました。


グッタリ倒れている私にまた男どもが近づき、私の脚を大きく拡げアソコに指を入れて流れる男の精液と私の出血を見ながら笑っていたんです・・・。


その後、私はまだ解放してもらえず、そのまま意識がなくなるまでしつこく口で後始末をさせられ、再び口の中で大きくなると下半身にそれぞれの男から2回目の汚い精液を流し込まれました。


そして、グッタリしている私の容赦なく、今度はお尻の穴に指を入れて笑いながら動かしています。


身体を壊される恐怖と痛みがありますが、殴られるのが怖くてもう泣いて我慢するしかありません。


最後はその指を口の中に入れられ、私がゲーゲー吐くと大声で笑いながらクルマに乗り込んで入ってきた道を戻っていきました。


もう日が暮れる時間で辺りが暗くなっていて、私はノロノロと起き上がって下着を探しましたが、ボロボロに引き裂かれていたのでとても着る事できず、仕方なく肩が引き千切られたトレーナーとファスナーが壊されているジーンズを履き、靴下と靴が片方暗くて見あたらないまま片足だけ手に持って裸足でクルマが走り去った道を歩き始めました・・・。


今まで恐怖が先で犯されてしまった事が夢の出来事と感じていましたが、解放され、自分の中から汚い男たちの精液が流れ落ちる感覚に、私は現実に犯された事を自覚し泣きながら歩いていたんです・・・。


30分・・・1時間・・・どれくらい歩いたか分かりません。


やがてアスファルトの道路に出るともう疲れてしまい、端っこに座り込んで泣いていました・・・。


クルマさえも通らない道路であらためてここで命を落とす覚悟・・・いえ・・・もうこのまま人生を終わりにしたかったのかもしれません・・・。


やがて、偶然親切なおじいさんが乗っていた一台のトラックに拾われると病院まで連れて行かれ、警察とホームステイ先の家族が迎えにきてくれました。


ベットに包帯を巻き、点滴と顔全体のヒドイ腫れを見て両親は泣いて私に謝っていましたが、私も安心感から堰を切ったように怖くて両親の腕を掴んでワンワン大声で泣きだしていました。


私の事件は犯人がまだ捕まっていません・・・。


警察から

「どうして知らないクルマに乗ったんだ?」

「なぜ大声で助けを呼ばなかったんだ?」

「お前が笑って話したから誘ったと勘違いされたんだろ?」

こんな酷い事を言われたり、さらに

「レイプだけでよかった!」

「砂漠に埋められなくてよかったじゃないか!」

と言われたんです。


私が日本人だからか、真剣に探してくれませんでした。



もうオーストラリアには絶対に行く事はないでしょう・・・あんなに温かく迎えてくれたファミリーにお礼の手紙もすぐには出す事ができず、やっと最近出しました・・・。