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20数年前に台湾に出張した時の話です。

当時のオレは20代前半で独身でした。
 
勤務先から取引先の工場へ電子機器製品の製品内部の調整指導する目的で約一ヶ月台湾に出張することになったのです。
 
台湾での最初の一週間目は何もなく過ぎました。
 


 

で、一週間が過ぎた日に取引先の人と連れだって台北のクラブに行きました。

そこの店で19歳の小姐と出会いました。彼女を見た瞬間・・タレントの森尾由美によく似た女性だ!!・・心がドキドキ高鳴りました。

 
で、クラブを出る時には店のママの助言もあって彼女をホテルに連れだすことに成功しました。

 
そして、彼女とトロける一夜を過ごし意気投合もして、結局台湾に居る残り三週間を一緒に過ごすことにしました。

 
平日は晩方から翌朝まで、休日の土日は二日間ずーと一緒にいました。

 
オレが仕事から戻ると、彼女は毎晩自分(彼女)の家にオレを連れて行ってくれて、家族にオレを紹介してくれました。

彼女の家族は両親とお兄さんと妹さんで、皆で大歓迎してくれてました。

 
そして彼女の家に訪問して二日目の日から、毎晩彼女の家に行き晩御飯をご馳走になりながらノンビリ過ごしていました。

そして彼女とホテルに戻る時間になると、彼女のお母さんがいつも小声で『加油!「頑張ってね!」(夜のオレのオツトメに対して、頑張って、意味!らしかったのです)』と言って、オレと彼女の二人を見送ってくれました。

それからホテルに戻ったオレと彼女は生ハメのセックスをするのが毎日の日課になっていました。

今考えると凄く短い期間でしたが、オレと彼女は新婚夫婦のような生活を日々送っていました。           


で、 彼女のお母さんがオレの台湾最後の日に話してくれました・・・

『娘(彼女)の小さい頃に、夫(彼女のお父さん)が事業に失敗し、多額の借金だけが残って極貧の生活をせざる得なかったの。

それでも娘(彼女)は小学生の時には、毎朝私(母親)と定期バスの洗車の仕事を手伝ってくれて家計を助けてくれた。

今でも私達家族の為に、好きでもない『水商売』の仕事を我慢して続けてくれている。

私達家族は娘に頭が上りませんよ! 

娘は本当に親孝行なんです。

それから・・・娘(彼女)が家に男性を連れて来たのは、あなた(オレ)が初めてだったのです。

それで家族全員であなたを歓迎したのです。

娘(彼女)もあなたを好いている様子なので、必ずまた娘(彼女)に会いに来てくださいね』と。



オレはその後7回台湾に行って、彼女と彼女の家族に会った。

その度に彼女の家で彼女の家族と過ごし、夜になるとホテルに戻って、彼女とナマ入れ中田氏の夫婦同然のセックスを思う存分して、会えない時間を消し去った。
 
その後二人の関係は自然消滅的に消えていった。
 

そして2005年の夏、奇跡的偶然で・・

上海で彼女を見掛けた。

台湾の団体ツアー客が上海市内のシアターレストランに入ってディナーショーを楽しんでいた。

偶然にもそこにオレは上海人の友人(男性)と連れ立って夕食を食べに入ったのだった。

ステージ上の女性歌手の歌も終わり、その歌手がどんな歌でもお客のリクエストに応えます!という時間帯になった。

そして、何曲目かのリクエスト曲を歌い終わった時、その女性歌手が・・・『次は緑島小夜曲を歌います!これは台湾同胞の陳○○さんのリクエスト曲です!』

 
オレは『緑島小夜曲』は台湾の歌だ~!なつかしい曲だな~! と考えていた。そしたら・・『陳○○』と言う・・あの時期・・あの台湾で付き合っていた彼女の名前が呼ばれたのだ。

 
オレは中国や台湾では同姓同名の人は沢山いるから、多分別人だろう!と、思いながらも台湾人の団体さんの座席の方向に目をやった。

しばらく観察をしていると、・・・

確かにオバサンにはなっていたが昔の面影を残したあの時の彼女がいたのだ。

隣にはご主人とおぼしき男性がいた。

彼女はみんなとガヤガヤして実に楽しそうにしていた。

 
そのオレの行動を不思議に思った上海人の友人が、『有イ尓認識的人ロ馬?(知り合いがいるの?)』と、尋ねてきた。

 
オレは『没有!我看錯了!(いや、いないよ!オレの見間違い!)とだけ言った。


店内には緑島小夜曲の甘く切ないメロディーが流れていた。